「令和」初日の「剣璽等承継の儀」で「三種の神器」の「八咫鏡」は何処へ

5月1日に新天皇即位後最初の儀式として「剣璽等承継の儀」が行われた。

皇居・宮殿の「松の間」で草薙剣(くさなぎのつるぎ)などいわゆる「三種の神器」が引き渡されて、正式に新天皇が即位したのである。

日本の全放送局が「承継の儀」の特集報道を流すなかで、不思議なことに三種の神器のひとつである八咫鏡(ヤタノカガミ)が消えていることに気が付いた。

ご承知のように「三種の神器」とは

  1. 草薙の剣(くさなぎのつるぎ)
  2. 八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)
  3. 八咫鏡(ヤタノカガミ)

以上、3種類の宝物であるが、われわれが見ているものは本物というよりは形代(かたしろ)と呼ばれるレプリカである。

 

三種の神器(イメージ図)

 

保管場所としては1の草薙の剣は名古屋市の熱田神宮に、2の八尺瓊勾玉は璽(じ)とも呼ばれており、1989年 (昭和64年) の践祚の後、第125代天皇明仁の継承した神器として皇居にある御所の剣璽の間に、剣(形代=レプリカ)とともに保管されている。

そして3の八咫鏡は伊勢神宮に祀られているが、八咫鏡の形代は宮中三殿の賢所に神体として唐櫃に納められて安置されている。

数千年の昔から伝承されているので、天皇も含めて誰も実物を見たことはないことになっていて、現物に触ると祟りや天変地異を誘発する恐れからか、今回の儀式でも三種の神器の実際の姿は国民から隠されたままだ。

特に八咫鏡は、その昔に太陽の神であった天照大御神が天岩戸に引きこもって、この世が光を失い真っ暗闇になった時に、鏡を見せてその鏡に映った自分の光輝く姿に見とれている隙を狙って、天手力男神(アメノタヂカラオノカミ)が岩戸を開け引っ張り出して再び光を取り戻すことが出来たという、天岩戸事件以来のアンタッチャブルで神秘的な宝物であった。

明治の時代に入り、明治天皇が実物を見たのを最後に、天皇と言えども隠蔽されることになったのである。

もっとも、絶対不可侵とは言っても過去に何人かは実物を拝見しようとした輩もいなかったわけではない。

大正時代に海軍エリート将校だった矢野祐太郎氏が伊勢神宮に頼み込んで、当時の宮司から特別許可をとって八咫鏡の裏面の模様を自分の手で丁寧に書き写していた。

 

出典:日本とユダヤのハーモニー

 

不思議なその紋様は矢野氏によると神代文字(じんだいもじ)と呼ばれる古代文字と思われたが、中心の文字は幾分かヘブライ文字に似ていたのだ。

初代文部大臣を務めた森有礼(もりありのり)氏が、八咫鏡の裏側に「エヘイェ・アシェル・エヘイェ(我在りて有る者)」というヘブライ語が記されていたと述べたと伝えられるが、これは森氏のことをよく思っていなかった伊勢神宮の神官によるでっち上げだとの説もあって現代からは真実が定かではない。

しかし、このことは日ユ同祖論の証拠のひとつとされて、皇室のタブーに触れる事態となっている。

日ユ同祖論によると日本人とユダヤ人は同じ祖先からの子孫らしく、日本とイスラエルは兄弟の関係となるらしいのだ。

昭和に入ってから、歴史学者として自らヘブライ語を学んでいた三笠宮殿下が八咫鏡の調査をする意向であることを東京イブニングニュース支局長が報道したことがあったが、調査結果の発表は無く、三笠宮殿下の逝去とともに真相は闇の中へ消えてしまった。

皇室の最高理性であった三笠宮殿下が真相を隠さねばならなかったとしたら、それは何だったのだろうか。

数千年という長い歴史を闇の中に埋もれさせたまま真実を隠し通すのは神秘性を保つことにつながるが、仮に皇室の系譜から日ユ同祖論を証拠立てるものが出て来ても仕方ないことだと思う。

「三種の神器」は皇室に伝承されたものなので、部外者の国民が皇室の隠された情報の開示を求めるのは昔ならば不敬罪にも該当するのだろうが、皇室を愛する国民として執拗に興味を引き立てられているのも事実なのだ。

 

 


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